2018/10/26(金) 16:48

■産業革命期の工場法が現代の労働問題に問いかけるもの ①

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現代の労働問題への対応は企業に利益をもたらすのか?

残業規制などを盛り込んだ働き方改革関連法が2018年の通常国会で成立した。2019年4月に施行される。残業時間を月45時間、年360時間を原則とし、最大でも単月100時間未満、年720時間以内などの上限を罰則付きで導入する。
これまでの日本の労働時間規制では、時間外労働には上限が存在せず、事実上青天井で残業を強いられる環境にあった。労動基準法(1947年)から約70年、日本の労働慣行は新たな局面を迎える。
立法の背景には、長時間労働の問題があり、その是正が喫緊の課題となっていることは言うまでもないが、長時間労働の問題は今に始まった問題ではない。世界的に見ればその歴史は、近代工場が勃興した産業革命期にまでさかのぼる。
労働問題は、今も昔も重要な問題であり続けている。現代においては重要なESGテーマの一つにもなっている。
産業革命期に企業で積み重ねられたプラクティスの現代企業への教えは古びていない。

先進的工場の取り組みが誘発した産業革命期の労働保護法「工場法」

世界で初めて成立した労働者保護に関連する法律は、英国で1802年に成立した工場法(工場徒弟の健康および道徳の保護に関する法律)であるといわれている。より本格的な工場法は1833年に始まる。

背景にあったのが労働者の置かれた劣悪な労働環境、労働条件である。産業革命期にあって、数多くの近代工場が全国各地に立ち上がる一方、労働者は、深刻な傷害を引き起こしかねない安全面の配慮を欠いた危険な機械作業、多くの場合夜間労働を伴う長時間労働を余儀なくされた。この時代の最悪の特徴は児童労働であった。非常に幼い児童が大変な長時間労働を強いられ、雇用主による罰金や体罰も日常であった。

労働者も工場労働の劣悪さを認識し始め、改善に向けた労働運動が巻き起こった。労働者の肉体的、精神的摩耗を顧みなかったことへの「倫理的」反省からの労働者保護賛成論も上がった。その一方で、工場運営のスローダウンや製品価格の上昇を懸念する工場所有者からは多くの抵抗があった。英国の産業政策が、自由主義的政策(「自由放任」)に舵を切る中、多くの人々は政府の干渉を嫌った。

しかし、全ての工場所有者がそのように考えたわけではない。大工場の所有者の中から、合理的な労働者管理を意識的に追求する「先進的な工場主」が出現した。1800年にスコットランド・ニュー・ラナークの紡績工場主となったロバート・オーウェンもその一人であった。オーウェンは、自らの工場において自発的に、「自由放任」に児童労働の制限と労働時間短縮を結びつけた経営を実践し、それが経済的利益をもたらすことを確信し、産業の健全な発展のためには労働者保護、そしてそのための立法が必要であることを説いた。

こうして生まれたのが工場法である。1833年の英国工場法は、繊維工場(綿工場、羊毛工場、亜麻工場、絹工場)において、9歳未満の児童労働を禁止し、9歳から13歳の児童の労働時間を1日9時間、13歳から18歳の年少労働者の労働時間を1日12時間に制限し、児童の夜間労働の禁止をする一方、雇用者に児童の年齢証明書の保持や1日2時間のスクーリングを義務付けた。また、法執行のために工場監督官制度が導入された。

工場法は産業革命期を通じて改正され、1840年代には女性の労働時間を制限し、1860年代後半には全産業にも適用されるに至った。もっとも、成年男性を保護するには至らなかった。

なお、日本でも1911年、「英国等先進国に倣って」、労働者を保護する法律である工場法が成立、1916年に施行されている。日本の工場法は、常時15人以上の労働者を使用する工場を対象に、年少者の就業制限、年少者・女子の労働時間制限、業務上の事故に対する雇用者の扶助義務などを定めた。

日本においても当時、深夜労働を伴う長時間労働は常態であったようだ。例えば、農商務省商工局が1900年に実施した全国調査に基づいて当時の工場労働の実態を明らかにした調査報告書「職工事情」には、紡績業の「夜業部における就業は所謂徹夜業なり、即ち紡績職工は幼少者なりと婦女とを云わず悉く徹夜業をなすは一般の事実なり」とある。(次回につづく)

参考資料 

National Archives “1833 Factory Act” (参照:2018-10-24)

菅野和夫(2016年)「特別寄稿 工場法施行百周年に寄せて
広報誌『厚生労働2016年8月号』日本医療企画 (参照:2018-10-24)