2018/11/12(月) 16:04

■産業革命期の工場法が現代の労働問題に問いかけるもの ④

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産業革命期の工場法は労働者保護普及の「触媒」となった
産業革命期に革新者オーウェンの実験に始まった労働者保護の実践は、一部の先進的な工場に波及するにとどまった。次々とフォロワー工場を巻き込み、その実験自体が「当たり前」の企業プラクティスとして社会に受け入れられることはなかった。

革新者によって創造され、実験的に実践された新たな行動基準は、先進的企業へと波及していく。フォロワー企業は、行動基準に従った先進的な企業の取り組みが実際に利益をもたらすのか慎重に検討したうえで、行動基準の受け入れを決定する。労働者保護の取り組みが実際の利益をもたらすのは、長期においてである。フォロワー企業の追随がないとすれば、普及に相当の時間がかかることになる。先進的な企業からすれば、市場の撹乱要素を長期に抱えたまま、事業活動を続けなければいけないことになる。行動基準が一般に広まることなく終わることもありうる。この解消が、その時々の経済社会政策と適合的である限り、立法が模索されることになろう。

この段階に至って成立した産業革命期の工場法は、先進的な工場への資本の集中を進め、工場制を新たなステージへと導くことを狙った。工場法は、その狙い通り非先進的工場の「自発的」な労働者保護の取り組みを引き出し、工場の高度化を促進する「触媒」として機能した。一方で、技術革新への投資をし、あるいはそれに耐えうる資本力のない、苛烈な労働条件、労働環境で特徴付けられる労働関係に固執した旧守的工場、とりわけ小さな工場の淘汰を加速した。もちろん、全ての効果を工場法に帰することはできない。労働者側の強い抵抗や階級闘争が果たした多大な貢献を過小評価するものでもない。

現代労働者保護はどうあるべきか

産業革命期と比較して、現代の各国労働関係法は格段の進歩を遂げている。それでも、労働者保護の対応や基準は各国で異なる。努力義務にとどまる規定も多い。サプライチェーンにおける労働・人権の責任を問う法令となると、英国現代奴隷法や米国ドッド=フランク法の紛争鉱物規制、米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明法と例外的であり、それらもまた取り組みの漸進的改善を求めつつ報告義務を課すにとどまる。国・地域を超えて大規模に拡大する企業活動とそのサプライチェーンを、グローバルに一定の方向に誘導する効果は不明である。

国際法はどうかといえば、企業に直接の責任を課すケースは極めて例外的である。多国籍的性格を有する企業活動を規律する法的拘束力のある条約作りが進んでおり、2018年7月には条約案が公表されたが、これも企業に直接責任を課すものにはならないと見られる。

もっとも、国際社会が何もしてこなかったわけではない。1970年代のOECD「多国籍企業行動指針」、ILO「多国籍企業及び社会政策に関する原則の三者宣言」を嚆矢に、特に、2000年代以降、国連「グローバル・コンパクト」、国連「保護・尊重・救済枠組み」、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」と相次いでいる。

いずれも企業のグローバル・サプライチェーンの自発的な取り組みを促すガイドラインとして機能するが、強制力はない。

しかし、単純に強制力を強めればよいという話でもない。急激な経済社会構造の変化に伴う混乱は望ましくない。法による強制は、大企業への資本の集中をさらに加速し、対応できない多くの中小・中堅企業を廃業に追いやるおそれがある。このことの評価は分かれるところだが、「負の影響」については、現代においても十分に考慮しなければならないだろう。革命期の工場法は、旧来の価値観の転換を速めたが、児童労働が家内労働へ沈んでいくなど「負の影響」も小さくなかったと見られる。労働・人権問題への法の直接的な介入は控え、負の影響を回避しつつ、緩やかに政策目的を達成するアプローチも意義があるといえよう。そこでは、旧来の価値観は、緩やかに新たな価値観に置き換わっていくことが期待される。その意味で、国際社会が積み上げてきたソフトロー・アプローチの実績は評価に値するのかもしれない。実際それらは、先進的企業の取り組みを促す触媒となった。フォロワー企業を引きつける可能性もある。ただし、その帰結は、将来を待たなければならない。

誰かに何かを強制されるよりは、自発的に取り組む方がよほど良い。それは、自由な経済活動を「促進」し、長期的な利益をもたらすという労働者保護の効用を、なによりもまず経営者自身が確信することから始まる。(完)

参考資料

江口匡太(2007年)「コメント:工場法史の現代的意義」『日本労働研究雑誌』2007年5月号(No.562),独立行政法人 労働政策研究・研修機構(https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2007/05/index.html)

戸塚秀夫(1966年)『イギリス工場法成立史論―社会政策論の歴史的再構成』未來社