Thursday, 06 December 2018 10:24

■企業の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献、その覚悟を問う

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「持続可能な開発目標(SDGs)」を中核とする「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」が、「国連持続可能な開発サミット」で採択されて3年余りがたつ。目標達成に向けて、企業も積極的に参加している。目標2「飢餓をゼロ」に着目してみよう。「経団連SDGs特設サイト」によれば、キリンホールディングス、アサヒグループホールディングスといった飲料メーカーをはじめ様々な業種で日本を代表する企業が名乗りをあげている。

例えば、キリンは、日本の代表的なホップ産地である岩手県遠野市で、遠野市等とともに日本産ホップの将来にわたる持続的生産体制の確立を通じて地域活性化を目指す「ビールの里構想」の取り組みを進めている。

農家の高齢化と担い手不足によって、遠野のホップ生産農家は、1974年の239戸から2017年には34戸に減少、栽培面積もピークの112haから25haに減少している(2018年11月5日付河北新報「<ホップ薫るまちの挑戦>クラフト市場に活路」)。この現状に歯止めをかける。キリンはこの取り組みを通じて、SDGsのターゲット「2.3 小規模食料生産者の農業生産性及び所得を倍増させる」に貢献するという。

キリンが遠野市で契約栽培を開始したのが1963年。「日本産ホップの約7割」を購入するキリンが、半世紀にも及ぶ期間においてホップ生産減少に有効な施策を講じることができなかった理由は何かという問題と、「キリンが遠野のホップを購入する限りにおいて持続可能」とさえ言える取り組みが、真に持続可能かは置いておくとしても、この地域活性化の取り組みが地域コミュニティにもたらす社会的価値は高い。

しかし、岩手県のホップ生産の現実を見る限り、「小規模食料生産者の農業生産性及び所得を倍増させる」というターゲットへの貢献は疑わしさが残る。

岩手県農林水産部が2018年6月に公表した「ホップに関する資料」によれば、この約30年間、岩手県のホップの栽培面積は80%以上減少し、2017年には53haにまで落ちこんでいる。生産量も80%以上減少し、2017年には116トンとなっている。この落ち込みは、ビール類の生産量の落ち込みより激しい。生産性の向上を見ても、単収(10aあたりの生産量)の伸びは10%に満たない。一戸あたりの生産額は約250万円から400万円へと約60%伸びているものの、それは経営規模の拡大によるもので、購買単価の上昇に牽引されたわけではない。1戸あたりの1トンあたりの生産額で購買単価を見た場合、その伸びは10%に満たない。

企業のSDGsへの取り組みは、自主的かつ自発的なものであって、有効なモニタリングや監査のメカニズムを欠くとはいえ、目標達成への貢献をコミットしたからには、一定の経営責任を伴うはずである。キリンがコミットしたのは、「日本産ホップの品質向上と安定調達に取り組み、日本産ホップならではの特徴あるビールづくりを行うとともに、生産地域の活性化に寄与する」ことであって、「小規模食料生産者の農業生産性及び所得を倍増させる」ではないのかもしれない。そうであるならば、SDGsを絡めることによるPRや広告宣伝上のメリットを重要視しないかぎり、ことさらSDGsの目標やターゲットへの貢献を強調する必要性に乏しい。SDGsは大まかな目標やターゲットを示しただけで、地域コミュニティの個々の文脈に翻訳する必要があるという反論もある。その場合でも課題意識の共有は必要になる。

危ぶまれる「飢餓ゼロ」目標の達成

201511 112018年9月に発表された最新の国連報告書「2018年版『世界の食料安全保障と栄養の現状』」は、事態の深刻さを訴える。世界の飢餓人口は増加を続けており、2017年には8億2100万人、世界総人口の実に9人に一人が飢餓に苦しんでいる。子供の発育阻害から肥満に至るまで様々な形態の栄養不良の改善は限定的であるという。飢餓は気候変動によっても影響される。極端な気象現象により多く晒される国と栄養不足人口の割合には正の相関があるという。

2030年までにあらゆる形態の栄養不良を改善するというSDGsの飢餓ゼロ目標の達成も危ぶまれる。国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金(IFAD)、国連児童基金(UNICEF)、国連世界食糧計画(WFP)および世界保健機関(WHO)の各機関の長は、「食料不安やさまざまな形態の栄養不良の憂慮すべき増加の兆候は、食料安全保障と栄養改善に関するSDGsの目標達成に向け、『誰一人取り残さない』ようにするためには、依然として相当の努力が必要である」と警告する。

国連の2018年版「世界の食料安全保障と栄養の現状」は、栄養価の高い食料へのアクセスを確保し、世代を超えて続く栄養不良の悪循環を断ち切るための介入策の実施と拡大を訴える。乳幼児や5歳未満児、学齢期の児童、青年女子、女性には、特に注意を払う必要がある。食料へのアクセスが最も妨げられやすいからである。同時に、安全で質の高い食料を全ての人に提供する農業・食料システムに向けての持続可能な転換が必要であるとする。また、気候変動の適応と緩和を通じたレジリエンス構築の一層の努力を求める。

企業がこうした課題に応えるためには、それぞれの課題を、企業が事業を展開する(あるいは参入予定のある)地域コミュニティの文脈に落とし込むことが重要になる。SDGs対応はそこから始まる。その際、思い込みは禁じ手である。SDGsが指し示す課題は、これまでの企業の視野から漏れていた課題ばかりのはずである。グローバルな視点、ローカルな視点両面から見た入念かつ丁寧な課題形成の過程にこそ十分な時間とリソースを投入すべきである。誤った課題に、正しい解決策を提示しても誤りを助長するにすぎない。その先にSDGsの事業戦略がある。SDGsが企業に求めるのは、創造性とイノベーションの発揮にある。ここでは、企業の組織ミッションを阻害することなく創造性とイノベーションを発揮し、課題解決できるかを自問することになる。場合によってはこの段階でSDGsへの貢献を放棄するという選択肢もありうる。SDGsは本質的に政策アジェンダであって、ビジネス・アジェンダではないからである。

企業の積極的な取り組みにも関わらず、全体として飢餓ゼロの目標の達成に至らない事態は避けたい。それ以上に撹乱は避けたい。

出典:
経団連SDGs特設サイト
ビールの里構想 KIRIN
<ホップ薫るまちの挑戦>クラフト市場に活路」2018年11月5日付河北新報
日本産ホップの約7割 KIRIN
ホップに関する資料 岩手県農林水産部2018年6月
国連報告書2018年版『世界の食料安全保障と栄養の現状
(参照:2018-12-4)

*本ブログは個人的な見解であり、弊社の公式見解を代弁するものではございません。