2018/12/20(木) 15:20

■枯洲の森で晴読雨読① 『土 地球最後のナゾ-100億人を養う土壌を求めて-』藤井一至 著

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日本橋室町の福徳の森から枯洲の森(烏森)に棲み処を移して早6ヶ月。

毎日、森の周辺を眺めている。

東は浜離宮、汐留。浜離宮は1654年甲府藩主徳川綱重が拝領し、海を埋め立てて別邸を建設した。その後、甲府藩の下屋敷として使用されていたが、綱重の子徳川綱豊が6代将軍家宣になったため甲府徳川家は絶え、将軍家の別邸となった。浜御殿と改称され大規模な改修工事が行われた。のちに将軍の鷹狩り場となり、幕末には幕府海軍伝習屯所であった。現在は東京都が管理する都立公園として公開されている。
汐留は江戸時代以前には海辺の湿地帯で、徳川家光の時代に埋立地となり、武家屋敷が設けられた。1872年日本初の鉄道が新橋横浜間に開設された際、起点となる新橋駅がこの地に建設され東京の玄関口として栄えた。しかし、1914年東京駅が完成し、東海道線の起点が東京駅に移ったため、新橋駅は汐留駅と改称、貨物専用駅となった。その後、1995年都市再開発が始まり、2004年には13棟の高層ビルが建ち並び、複合都市「汐留シオサイト(siosite)」に生まれ変わった。

西には愛宕神社、虎ノ門が見える。1603年徳川家康が愛宕山(23区内で最高峰26メートルの山)に創建した神社。男坂にある傾斜角37度、86段の「出世の石段」は足がすくむほどの急勾配、幕末の桜田門外の変で水戸浪士が集合場所として桜田門に向かったと言われている。そして、終戦の日、終戦に反対する「尊攘同志会」が蹶起し立て籠った「愛宕山事件」が起きている。時代は変わり、今では電子マネーでお賽銭を投げる(?)ことで注目を浴びている。虎ノ門は、四神相応の西を守護する白虎から虎の御門が設置され、のちに虎ノ門になった。東京メトロ虎ノ門駅8番出口付近、外堀通り沿いに「虎の像」があるのをご存知ですか。2014年虎ノ門ヒルズが建設され、虎の門周辺の様相は一変した。ビルの地下を環状2号線(通称 マッカーサー道路)が通り、新橋までの拡幅された道路は「新虎通り」として、豊洲市場方面への幹線道路として機能することになる。さらに再開発は進み、日比谷線に新駅「虎ノ門ヒルズ駅」も新設され、銀座線「虎ノ門駅」と地下通路でつながり、利便性が一層高まる地域となる。

南には増上寺、東京タワーが見渡せる。増上寺は1598年江戸城の拡張に伴い、徳川家康によって日比谷から現在の芝に移された。風水学的には、寛永寺を江戸の鬼門である上野に配し、裏鬼門の芝に増上寺を移したものと考えられる。1958年に竣工した東京タワーは増上寺から提供された墓地に建設されたものである。634メートルのスカイツリーにその役割を譲ったものの、333メートルの東京タワーの存在感は60年の時を経ても依然として大きい。

北は皇居、日比谷公園、丸の内、大手町。徳川家康が江戸城入城のころは、日比谷周辺は入り江の海岸線であった(日比谷入り江)。神田山を切崩したり、半蔵門から桜田門にかけて桜田濠が掘られ、その土砂で入り江を埋め立て、大名屋敷が造られて、丸の内、大手町に変遷を遂げる。明治に入り、陸軍の兵舎、練兵場に変わり、その後1890年丸の内は、三菱の2代目当主岩崎弥之助が国から払い下げ、「一丁倫敦」と言われる三菱村が形成されていく。1991年東京都庁が新宿新都心に移転後、一時地盤沈下が叫ばれた。しかし、1997年都庁跡地に東京国際フォーラムが建設され、さらに、2002年丸ビル、2007年新丸ビルが完成すると、商業施設が付設されたことに伴い土日には閑散としていた街が活気を帯びている。

大手町は明治に入って、内務省、大蔵省、文部省などが置かれたが、1952年中央官庁を霞が関に集中する計画によって、民間に払い下げられた。丸の内より遅く戦後になってからである。近年、続々と超高層ビルが建ち並び、OOTEMORI(大手町の森)の樹々も育っている。最近では大手町プレイスが竣工、そして、建設中の三井物産ビルに隣接する平将門の首塚は工事の影響を受けないように保護シートが架けられており、都市伝説は健在である。2027年には常盤橋近くに高さ390メートルのビル建設が計画されている。

日比谷濠に沿った日比谷通りの景観も一変。東京ミッドタウン日比谷、二重橋スクエアができて、建設当初、皇居を見下ろす高層ビルとして話題になった東京海上ビルの存在が薄くなっている。

隣接する銀座も伝統を残しながらもその姿を変えつつある。銀座東急プラザ、GSIXと再開発ビルができ、さらにホテルの建設ラッシュが続いている。外国人観光客の多さが目に付く。

そして、新たな棲み処の新橋。駅前ビル、ニュー新橋ビルが歴史を感じさせる。枯洲の森に居ると夕方焼き鳥のいい匂いが漂ってくる。三島由紀夫が蹶起前日に使った1909年創業の鳥割烹店も相変わらず営みを続けている。オフィス街と商業地域が一体となって独特な雰囲気を醸し出しながら、これから変貌を遂げることだろう。

しばし、この森を棲み処として、変わりゆく街を眺めながら晴読雨読する「フクロウ」がお薦めする書籍を紹介していきたい。

第1回目は、藤井一至著の『土 地球最後のナゾ-100億人を養う土壌を求めて-』(光文社新書)

あなたは最近「土」を見ましたか?「土」を手に取ったことがありますか?

枯洲の森からは「土」が見えない。「土」に触れる機会もないし、「土」の上を歩くこともない。

「土」の恩恵を日常生活ではなかなか意識しない。我々の衣食住は、意外にも「土」に大きく依存している。「土」は、人類がこの地球で生きることのできる証かもしれない。

本書では、人類を養う肥沃な土の条件は何か?どこにあり、どんな土なのか?を探る地道で質素な研究成果を著わしている。

昆虫は75万種、植物は25万種、キノコは7万種あると言われている。では「土」はどのくらいの種類があるのか?

農業利用のために類似する土壌を集約すると、世界の土は「岩石(地質)、地形、気候、生物そして時間という環境条件」によって12種類になるという。

色で分別すると、黒い土が3種類、白い土が2種類、赤い土、黄色い土および茶色い土が各1種類、残りの4種類は色に関係なく、凍土、泥炭土、砂漠土、そして特徴のない土。

肥沃な土の条件は、粘土と腐植に富み、窒素、リン、ミネラルなどの栄養分に過不足なく、酸性でもアルカリ性でもない、そして、排水性と通気性がよい土壌だという。

バーチャルウオーター(仮想水)と同様な概念として、著者はバーチャルソイル(仮想土)すなわち「食糧を輸入することは、その土地の栄養分まで輸入している」という考え方を示している。我が国は、世界各地から農産物、食肉を輸入していており、自分の生活と12種類の土とのかかわりを認識することは必要であろう。

さて、その肥沃な「土」は世界のどこにあるのか?この本を手に取って「土」について改めて考えてみたい。

冬に向けて、寒さに強いホウレンソウ、小松菜を育てるために、週末は腐葉土を買ってきましょうか。

◆『土 地球最後のナゾ-100億人を養う土壌を求めて-』

(藤井一至 著/2018年 光文社新書920円)

この作者の最新記事: 菅原 晴樹(シニアコンサルタント)