Tuesday, 15 January 2019 12:04

■90億人の食を支える技術革新の芽となるか -ゲノム編集技術と農産物の品種改良-

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世界の人口は増加を続け、2050年には90億人を超えると予想される。こうなると、2050年までに世界全体の食料生産を2005年から2007年レベルと比べ60%増やす必要があるという(世界食料農業白書2014年報告*1)。しかし、農地の拡大は見込めない。
人類は現在、地球上の凍土を除く土地の38%を農業に使っている*2。その1/3が作物の栽培に使われ、残りは家畜のための牧草地と放牧地である。それ以外の土地のほとんどが砂漠、山岳、ツンドラ、都市であるという。
耕地面積を増やさず、品種改良によって食料の大幅な増産を実現するという提案は魅力的に映る。


ゲノム編集*3という技術がある。作物の収量や品質を向上させる遺伝子を自在に改変することができ、その比類なき正確さで、安全かつ健康な作物を作り出せるという。食料問題の解決に大いに役立つかもしれない。ゲノム編集技術と聞いて連想するものの一つに遺伝子組み換え技術がある。遺伝子組み換え技術を利用した作物は世界24ヵ国で栽培され、その栽培面積は1億9000万haに達するという(国際アグリバイオ事業団(ISAAA)の報告書「Beyond Promises:Facts about Biotech/GM Crops in 2017」)。世界の総栽培面積の約14%に相当する。約20年前に最初の作物栽培が始まった遺伝子組み換え技術には、抵抗感も強く、ESG投資でも論争の的になりがちだ。遺伝子組み換え技術を利用した作物から予想外の毒素やアレルギー物質が生じ人の健康を損なう、あるいは遺伝子組み換え作物が際限なく増殖し、生態系を撹乱するといった人の健康や生態系に重大な損害を及ぼす可能性があるかもしれないからである。

根底にあるのは、米モンサント(現ドイツ・バイエル)に代表される多国籍アグリビジネスが戦略的に技術を利用し、独占してきたことへの不信や反感であろう。多国籍アグリビジネスは、除草剤耐性、害虫抵抗性などをもたせた遺伝子組み換えのメイズや大豆、綿花などを開発している。この作物を栽培する農業生産者は契約上自家採種が禁じられている。多国籍アグリビジネスは種子の多くに特許を保有しているため、生産者は多国籍アグリビジネスから種子を毎年購入せざるをえない。

新しい遺伝子改変技術という意味では、ゲノム編集技術も遺伝子組み換え技術も変わりがない。ゲノム編集技術が遺伝子組み換え技術にあたるかどうかについては、議論が続いている。米農務省は2018年3月、遠い種の遺伝子を導入しない限り、規制対象としないとし、欧州司法裁判所は7月、ゲノム編集で開発した作物であっても、原則として従来の遺伝子組み換え作物の規制対象とすべきとの判断を示している。日本でも6月に閣議決定された「統合イノベーション戦略」で、ゲノム編集技術の利用による生物、農水産物のカタルヘナ法上、食品衛生法上の取り扱いを年度中に明確化するとされたことから、環境省、厚生労働省から重要な方針決定が相次いでいる。環境省は8月、外部から遺伝子が組み込まれない場合、規制の対象外とする方針を決めている。厚生労働省は12月、外部から遺伝子が組み込まれない場合に加え、数塩基を入れる方法も規制対象外とする方針を決めている。

いずれの結論であれ、ゲノム編集技術が遺伝子組み換え技術を想起させる限り、ゲノム編集技術には遺伝子組み換え技術と同様の懸念がつきまとう。消費者がゲノム編集技術を容易に受け入れるとは考えにくい。ゲノム編集技術には、狙った遺伝子を正確に改変できるという、これまでの遺伝子組み換え技術と比べた優位性がある。懸念をないがしろにして構わないということではないが、健康や生態系への影響を大幅に上回るベネフィットが開発者、農業生産者、消費者にもたらされるのであれば、ゲノム編集技術を使った品種改良を受け入れるというのも当面の考え方になるのではないか。開発者は、特許で保護された種子の対価によって収益を確保することができる。特許で保護された種子価格が農業再生産を危うくするものでないかぎり、ゲノム編集技術が実現する雑草駆除、害虫駆除作業の効率化、単収増加は、生産者の利益*4にも適う。

いかなるビジネスも対価が支払われなければ成立しない。製品から得られる収益が減じてしまうと、研究開発に投資し、農業生産者に役立つ新製品を生み出すことができなくなる。これらアグリビジネスの主張*5はもっともな面もある。しかし、消費者のベネフィットも重要である。食味、栄養、機能性、保存性、調理性など消費者に魅力ある提案を十分にし、受容性を高めていく。そうでなければ、研究開発や製品開発、安全性検証などのイノベーションへの再投資の好循環も生まれない。この点がこれまでの遺伝子組み換え技術は不十分だった。ゲノム編集技術の品種改良*6の応用は目下、消費者のベネフィットを訴求する方向にある。甘くて長持ちするトマト、芽が出ても安心なジャガイモ、切っても涙がでないタマネギなどの開発が進んでいる。

全体のベネフィットが拡大すれば、開発者の種子価格設定の柔軟性は増す。高収量品種の種子が安価に提供されることも期待できる。「法外なライセンス料を要求しない」とするゲノム編集技術の開発者もいる。期待通りに高収量品種の種子が安定価格で提供されれば、家族経営の小規模農家の農業再生産も容易になるだろう。2050年に向けた60%の食料増産のカギを握るとされるのは小規模家族農家の生産性向上であり、品種改良による単収増が最も必要とされるのは彼らである。

非難されるべきは技術ではない。技術を扱う企業や人の行為に様態にある。品種改良にゲノム編集技術のような新しい遺伝子改良技術を用いることと多国籍アグリビジネスがどのように関わるかは分けて考えるべきである。将来90億人の食を支える可能性を秘めた技術革新の芽を長い目で見守りたい。

参考資料
*1「The State of Food and Agriculture 2014(FAQ)」(公社)国際農林業協働協会
*2『ScientificAmerican』(2011年11月)
*3「JSTnews April 2018」科学技術振興機構
*4「遺伝子組み換えについて(メリット)」バイテク情報普及会
*5  MONSANTO(News 2010年4月14日)MonsantoCompany
*6「新たな育種技術」(2018年9月19日)農研機構