Friday, 08 February 2019 16:21

■「枯洲の森で晴読雨読」② 『海の歴史(HISTOIRES DE LA MER)』ジャック・アタリ著

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枯洲の森(烏森)から、新春の風を感じながら豊洲の海を訪ねてみることにする。
汐留、浜離宮、そして解体工事が始まった「築地市場」を見ながら、勝鬨橋を渡ると東京オリンピック等の選手村建設工事現場が見渡せる。有明通り、晴海大橋の先に、ゆりかもめを挟むようにして新しい東京の台所「豊洲市場」が眼下に広がっている。

豊洲は、1923年関東大震災の瓦礫処理のため、有明、東雲とともに埋立てによって生まれた。昭和初期には、造船需要の高まりとともに東京石川島造船所(現在の株式会社IHI)の造船工場などが造られた。戦後の1948年に本格的な埋立て工事が始まり、豊洲石炭埠頭として供用開始された。1956年には東京瓦斯がガス製造工場を建設、埋立地が拡張され豊洲ガス埠頭となり、近隣には東京電力の火力発電所も稼動し、戦後復興および高度経済成長を担った重化学工業地帯の一角を占めた。越中島と豊洲石炭埠頭を繋ぐ深川線や豊洲で分岐して春海橋を渡って晴海埠頭までの晴海線など東京都港湾局の専用鉄道が敷設されていた。東京瓦斯のガス製造に伴う副産物であるコークスなどの輸送を行っていたが、貨物輸送のトラックへの転換に伴い、1989年までに全廃となった。今でも、石炭、コークス等を運んだ貨物列車の線路跡が残っている。その一つに、春海橋に沿って晴海運河に架けられた春海鉄道橋が錆びついたままの姿を見せている。
その後、主力エネルギーが石油・天然ガス・原子力に転換され、ガス製造工場は1988年操業を停止した。
さらに1990年代にIHIが造船事業から撤退したことを契機に豊洲の再開発が始まった。現在、日本ユニシス、IHI、第一生命保険、NTTデータなどのオフィスビル、芝浦工業大学、昭和大学江東豊洲病院、高層マンション群、ショッピングモール、シビックセンターなどが次々と建設され、2018年10月には豊洲市場が開場し、豊洲はこの10年で大きく生まれ変わった。


変貌著しい豊洲から東京湾を臨みながら、晴読雨読する「フクロウ」がお薦めする書籍を紹介していきたい。
今回は、ジャック・アタリ著の『海の歴史(HISTOIRES DE LA MER)』(プレジデント社)である。

翻訳者 林昌宏氏のあとがきによると「ジャック・アタリ氏の略歴は、1943年アルジェリアで生まれ、フランスのエリート校である国立行政学院(ENA)を卒業した。1981年にミッテラン・フランス大統領特別顧問、1991年に欧州復興開発銀行初代総裁を歴任した。1998年に非政府組織「プラネット・ファイナンス」を創設し、現在も途上国支援に尽力している。2007年サルコジ大統領の諮問委員会「アタリ政策委員会」の委員長になり、また、2015年にはオランド大統領に対して政策提言を行った。最近では、「アタリ政策委員会」の委員にエマニュエル・マクロン氏を抜擢して政界にデビューさせ、2017年5月には政治基盤のないマクロン氏をフランス大統領にまで押し上げた。現在でもアタリ氏は、政治、経済、文化に対して大きな影響力を持つ。」とある。

この本が海の環境問題を取り上げていると思って読み始めると、良い意味で期待を裏切られる。
宇宙の誕生から紐解いて、46億年の地球の歴史は「海」がその主たる舞台であったことをわかりやすく説明している。人類の歴史において、思想、文化、政治、経済、軍事および技術等の重要な出来事に「海」が大きく関わっていたことに改めて気づかされる。

海を巡っては、海上貿易の覇権争いから、空母、艦上戦闘機、ミサイルなどによる軍事力による戦争に形を変え、さらに、近年、海底ケーブルの敷設などのデータ通信の世界で主導権争いが行われている。そして、最近では、関税を武器に米中間で貿易摩擦による経済戦争が世界経済に暗雲をもたらしている。
また、南シナ海を中心としたアジアの海洋の覇権を握ろうと着々と準備を進める中国とそれを阻止しようとするアメリカの動向など地政学(海政学と言った方が適当か?)的分析も興味深い。
海の歴史をたどり、現在を見つめ直すと、そこに海と人類の未来が見えてくる。

本の最終章では、環境問題を取り上げ、地球の持続可能性を保つために我々は何をすべきかを丁寧に記述されている。
海は、人類が必要とするすべての飲料水、酸素の半分、魚介類を中心に人類が摂取する動物性タンパク質の5分の1を供給する。気候へも多大な影響を与える。海がなければ、地球の気温は大幅に上昇し、人類が生存できる状態にないかもしれない。海には鉱物やエネルギーなどの資源が無尽蔵の状態で眠っている。物資とデータを大量かつ効率的に輸送できる。地球、人類の未来のためには、我々は海の大切さを考え直さなければならない。

しかし、近年、人類は無思慮に海を汚染している。我々は漁業資源を無計画に荒らし、投棄するプラスチックなどのゴミは急速なペースで海に浮遊・堆積している。そして地球温暖化によって海水温度と海面水位が上昇し、島嶼国および沿海部に生活する人々の生命を脅かしている。海中の酸素濃度は低下し、生物種も危機に瀕している。

海を救うには、我々は過去からの延長線にある現在の生産方式、消費形態、生活様式、経済・社会構造を根本的に見直さなければならない。国家による法規制、行政指導を待っている時間的猶予はない。

海洋国家日本にとって、海洋汚染は死活問題である。特に、動物性タンパク質の多くを輸入に依存する日本にとって漁業への影響は深刻だ。他方、海洋汚染問題解決に取り組むことは、将来大きなマーケットに成長することが期待され、日本企業にとってビジネスチャンスになるだろう。企業がSDGs達成に向け、イノベーティブな事業戦略を実践に移すことが何より喫緊の課題である。

この本を手に取っていただき、地球の歴史を海から見直し、人類が生存できる地球のために我々は何をなすべきかを改めて考えて欲しい。

ジャック・アタリは「海を破壊し始めた人類は、海によって滅びるだろう」と警鐘を鳴らす。我々は、このメッセージを真摯に受け止めなければならない。

参考:
『海の歴史(HISTOIRES DE LA MER)』(プレジデント社)
(ジャック・アタリ 著/2018年 プレジデント社2300円)