2019/04/16(火) 19:09

■液体ミルクのマーケティングとESG投資

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消費者庁は2019年3月5 日、育児負担の軽減や災害時の備蓄に役立つと期待されている乳児用調製液状乳(乳児用液体ミルク、以下、液体ミルク)について、特別用途食品の表示許可*1を行なった。

特別用途食品とは、乳児の発育や、妊産婦、授乳婦、えん下困難者、病者などの健康の保持・回復などに適するという特別の用途について表示を行うもので、特別用途食品である液体ミルクの販売にあたっては、その表示について消費者庁長官の許可を受けなければならない。

表示許可を得たのは、江崎グリコ*2の「アイクレオ赤ちゃんミルク」と明治*3の「明治ほほえみらくらくミルク」。江崎グリコは同日、自社通販サイトで日本初の液体ミルク「アイクレオ赤ちゃんミルク」の販売を開始、11日から順次全国での販売を始めている。明治も2019年3月下旬に一部施設にて先行発売し、2019年4月下旬に全国で発売する。

液体ミルクの製造・販売には厚生労働省(厚労省)の製造承認と消費者庁の表示許可が必要で、江崎グリコ明治はすでに1月31日に厚労省の許可を得ている*4

消費者庁の表示許可に当たっては、「母乳が最良である旨の記載を行うこと」*5とされている。例えば、江崎グリコの「アイクレオ赤ちゃんミルク」のパッケージには、「母乳は赤ちゃんにとって最良の栄養です」とある。同じく特別用途食品であり以前から各社が販売している乳児用調製粉乳(乳児用粉ミルク)にも同様の表示*6がある。
この表示は、国連食糧農業機関(FAO)と世界保健機関(WHO)が合同で運営する食品規格委員会(Codex Alimentarius Commission 、注:Codex Alimentariusはラテン語で食品規格を意味する)が策定した乳児用ミルクなどに関する国際食品規格*7によるものである。同規格は、液体、粉体を問わず乳児用ミルクのラベルに「Breast milk is the best food for your baby(母乳は赤ちゃんにとって最良の食べ物です)」と表示することを求めており、消費者庁の規定もこれに沿うものである。

WHOは、乳児の健やかな成長と発達に理想的な食べ物を供給する比類なき方法であるとし、母乳育児(breastfeeding)*8を推進し、生後6ヵ月までの排他的母乳育児(Exclusive breastfeeding)を推奨している。適切な情報提供や家族、保健医療システム、広く社会の助けがあれば、ほとんど全ての母親が母乳育児を実現しうるとしている。

WHOは、母乳育児の保護や推進を妨げる大きな要因が、粉ミルク、液体ミルクなど母乳代替品( Breastmilk substitutes : BMS)の不適切なマーケティング活動にあるとみている。そのため、WHOの政策決定機関である世界保健総会(World Health Assembly : WHA)は、1981年の「母乳代替品のマーケティングに関する国際基準(International Code of Marketing of Breast-milk Substitutes)」の採択をはじめ関連する決議*9を重ねている。その狙いは、適切なBMSのマーケティング活動を通じて、必要とされる場合の適正なBMS の使用を確保しつつ、母乳育児の保護や推進し、乳児への安全で十分な栄養供給に寄与することにある。

BMSのマーケティングはESG投資の世界でもイシューになっている。そこでは、「母乳代替品のマーケティングに関する国際基準」および「関連するWHAの決議」(以下:コード)への支持表明が最低限の評価基準になっている。この基準は、コードの完全な実施に向けた各国政府の態度に関わらず適用される。各国政府がコードの一部のみを国内で実施しているに過ぎない場合であっても言い逃れを許さないということである。これによって、江崎グリコや明治のようなBMSの製造・販売に従事する企業は、コードに基づいてBMSに関する自社マーケティング方針を策定し、マーケティング活動を履行すること、履行状況を公開することなどが厳しく求められることになる。例えば、ESGに関する世界基準を満たす企業構成銘柄とする株式指数「FTSE 4Good」は、BMSのマーケティングに関する特別なクライテリア*10を設定しており、コードの重要性の認識や取締役会レベルでの責任、自社方針・手順の明確な伝達、内部通報制度の整備といった項目が並ぶ。
BMSのマーケティングへの対応が不十分と判断されれば、投資家のエンゲージメントの対象になる。ダイベストメント 候補にさえなるかもしれない。

粉ミルク、液体ミルクを製造・販売する国内6社のうち、コードに言及していることを確認できるのは1社だけ*11である。もっとも、その1社もコードの考えを理解し、重要性を認識しつつ、準拠するのは製造・販売に関して各国の基準である。これでは、各国の基準がコードの基準より低ければ、コードの基準を満たしていないと判断されてしまう。WHO、国連児童基金 (United Nations Children's Fund:UNICEF)らの報告書*12によれば、日本のコードの履行状況は十分には程遠い。少なくとも日本での製造・販売は、ESG投資の評価基準からすれば「アウト」ということになる。その他の企業については、BMS のマーケティング方針自体を確認できなかった。BMSのマーケティング活動がコードに則して実施されているか不透明である。

ベビー用品売り場に行くと、各社のBMSがずらりと並び、誰もがすぐに手にできるようになっている。その一つ一つに、「母乳は赤ちゃんにとって最良」の旨の表示がある。購買にあたって不安感や罪悪感を覚えたとしても不思議ではない。「表現を和らげてはどうか」という意見もあるという。しかし、都市化、核家族化の進展、女性の労働参加の拡大、男性の積極的な育児参加への期待など、疫学的、病理学的見地以外の要因によっても、BMS使用への誘引が強く働きやすい状況にある。BMSの製造・販売事業者による不必要かつ過剰なBMSマーケティング活動が常態化し、医師、看護師、助産師など保健医療従事者の専門的助言や推奨に基づいて、母親やその家族が適正な自己判断や意思決定を促すためにあるというマーケティング活動の本質がないがしろにされているとすれば、「表現を和らげる」だけでは不安感や罪悪感は解消しないだろう。
適切なマーケティング活動が、BMSの正しい使用を促すという信念は大切である。ESG投資におけるBMSのマーケティング責任の問題意識もそこにある。

 

参考資料

*1 消費者庁「特別用途食品の表示許可について」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/health_promotion/pdf/health_promotion_190304_0004.pdf
*2 江崎グリコ「日本初!乳児用調製液状乳(乳児用液体ミルク)
『アイクレオ赤ちゃんミルク』が消費者庁から表示許可を取得」(https://www.glico.com/jp/newscenter/pressrelease/25793/
*3 明治「災害時でも安心して授乳ができる乳児用液体ミルク「明治ほほえみ らくらくミルク」2019年3月下旬に一部施設にて先行発売 2019年4月下旬より全国にて発売」(https://www.meiji.co.jp/corporate/pressrelease/2019/detail/20190313_01.html
*4 江崎グリコ「調製液状乳(液体ミルク)の製造に関わる承認を取得」(https://www.glico.com/jp/newscenter/pressrelease/25117/)、明治「調製液状乳(液体ミルク)の製造に関わる承認を取得」(https://www.meiji.co.jp/corporate/pressrelease/2019/detail/20190132_01.html
*5 消費者庁「特別用途食品の表示許可基準」 (https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/health_promotion/pdf/health_promotion_180808_0005.pdf)
*6 消費者庁「特別用途食品許可品目一覧」(https://www.caa.go.jp/policies/policy/food_labeling/health_promotion/pdf/health_promotion_190304_0002.pdf
*7 Codex Alimentarius Commission「CODEX STAN 72-1981」
http://www.fao.org/fao-who-codexalimentarius/sh-proxy/fr/?lnk=1&url=https%253A%252F%252Fworkspace.fao.org%252Fsites%252Fcodex%252FStandards%252FCODEX+STAN+72-1981%252FCXS_072e.pdf
*8 WHO ホームページ 「Breastfeeding」(https://www.who.int/topics/breastfeeding/en/
*9 WHOホームページ「Code and subsequent resolutions」(https://www.who.int/nutrition/netcode/resolutions/en/
*10 FTSE Russell「FTSE4Good Breast Milk Substitutes (BMS) marketing criteria and its application」(https://www.ftse.com/products/indices/F4G-BMS
*11 アサヒグループホールディングス ホームページ「乳児用調製粉乳販売の考え方」(https://www.asahigroup-holdings.com/csr/food-health/pdf/infantformula_2017.pdf
*12 WHO「Marketing of breast-milk substitutes: National implementation of the international code Status Report 2018」(Marketing of breast-milk substitutes: National implementation of the international code
Status Report 2018)