Wednesday, 03 July 2019 10:13

■日本の杉を使う〜(2) 発想とイノベーションで生まれ変わる木材

Written by
東京・木場は、その名の通り江戸時代の木材河岸として栄えた街だ。大都市・江戸の橋や住宅、商店などの木造建築を支え、また明治以降も近代国家への大規模な開発や燃料として、また大戦後の東京復興などにも大きな役割を果たした木材関連産業。しかし時は移り、機能性の高い素材への転換により木材需要が減少し、さらに海外からの安価な輸入木材に押され、国産材が利用されなくなり、軒を連ねていた製材所も激減しその風景は変わった。

遡ると、江戸時代から、幕府や藩、明治政府は、森林資源の過剰消費によって山林が荒廃することへの危機感を持ち、それが原因で起きる河川氾濫などの災害や海洋資源への影響も認識されており、森林資源の保護や植林促進事業も繰り返し行われていた*1。昭和に入り戦中、および戦後の復興では、さらに大規模な需要急増により供給能力を超えて伐採されたため、その対策として広葉樹林から、杉やヒノキといった成長の早い針葉樹の人工林に置き換える政策が推進された。その後の需要と供給の大きな変化は冒頭の通りだ。現在の日本の森林の課題は、グローバルな課題である「森林減少(Deforestation)」とは異なる。大量に植林された末、伐採適齢期に達したにも関わらず行き場の無くなった針葉樹が放置され、人工林が荒廃していくという点が大きい。花粉症有病率が増加している事との因果関係も指摘されている。

では、もっと国産木材を使おう、という多くの官民・森林・木材関係者の努力や活動によって、需要側である都市部や地域の公共建築などにおける木質化はこのところ増加しているように見える。温かみを感じる木の良さが改めて見直されている時代になったとも言える。東急電鉄は、池上線戸越銀座駅や旗の台駅で「東京都森林・林業再生基盤づくり交付金事業」の補助を受け多摩産材を活用した「木になるリニューアル」を実行中だ。建築物に木材を使う、というのは考えてみれば日本の得意とする分野だ。完成した戸越銀座駅を眺めると、和風の情緒が漂い、近年増加している同商店街への外国人訪問客にとっても、魅力となっているのだろうと想像できる。

図1
東急池上線戸越銀座駅、ホーム屋根部分 (出所:東急電鉄 プレスリリース*2より)

国産木材の利用は、建築分野を中心に進んでいるが、この傾向が安定して回るような市場となるためには、林業、製材業なども活性化する必要がある。冒頭のように、木場が様変わりしたのは、製材・加工業が成り立たなくなったからだ。需要が増加した際に、材木はあっても加工できる製材所がない、という悲しい状況にならないよう、待っているだけでなくその技術を別の分野に活かす試みを始めている製材会社がある。

細田木材工業株式会社*3は創業昭和6年、戦後の復興にも寄与した老舗だ。「木のプロフェッショナル」として調達から様々な加工までを手がける。長年培ってきた技術を持つこの会社に、別の分野の能力を持つ人材が飛び込んだことが、ユニークな製品「きえすぎくん」誕生のきっかけとなった。木材で作られた、書いて消せるボード、つまり「木製のホワイトボード」である。この発想を生み実用化した同社「木の空間プロデューサー」吉田道生氏と技術担当の木製インテリア事業部取締役部長小川晃氏に話を伺った。

kiesugikun
写真1: 細田木材工業の会議室に並ぶ「きえすぎくん」ホワイトボードとウェルカムボード

「きえすぎくん」開発では、ピカピカしすぎず木の質感を残し、きれいにホワイトボードマーカーが消える独自の塗装がキーポイントだった。最適な塗装に至るまで数ヶ月の試行錯誤が繰り返されたそうだ。また大量生産のホワイトボードに比べ、製造が高コストとなりがちだが、様々な加工方法や素材選択の工夫が可能だ。テーブルの天板に加工した「きえすぎくん」テーブルや、カフェのウェルカムボード、お土産用浮世絵プリント板、何度も使えるエコメモなど、いろいろな形に応用されている。こうなってみると、自然にアイデアも湧いてくるのも不思議では無いが、そもそもどこから「木製のホワイトボード」を作ろうと考えたのだろうか。

kiekie
写真2:浮世絵が美しくプリントされた「きえすぎくん」の新バージョン

同社を訪問して開発過程のご苦労を伺ってから、その時に感じた「きえすぎくんはすごい!」という感覚の理由をあれこれ考えたが、なかなか納得できる説明に行き着かず、数ヶ月が経過してしまった。そこでもう一度吉田氏に質問してみた。以下はご本人からの回答から一部抜粋したコメント。「僕は前職で、55歳から急に仕事がどんどん減らされていました。ならば、これからは好きなことをしようと考え、方向を変えて木のデザインをしようと思いました。その後、会社を退職して、木のデザインを始めましたが、実績がなくほとんど仕事がありませんでした。人生の切り替えは失敗しました。それでも木材加工会社への転職探しをしたのですが、見つかりませんでした。2度目の挫折。そこで、スギダラケ倶楽部の若杉さん*4から細田木材に推薦状を書いてもらい、なんとか就職できました。細田木材では、ちょうどウレタン塗装のホワイトボードを試作していました。僕も開発に参加でき『今のままではテカテカで良くないですよ』と言いました。が、『つや消し塗装は表面が細かくデコボコだから艶がない、テカテカにしないとマーカーは消せないから、つや消しはできない』という問題に当たった。そこで、試行錯誤して、比較的艶がないが消えやすい塗装サンプルが見つかり、そこから塗装開発の小川さんと商品開発に向けさらなる試行錯誤を繰り返し、今のきえすぎくんが誕生しました」

hosoda
写真3:細田木材工業の(左)吉田氏、(奥)小川氏

この回答を聞いてようやく納得できた。つまりこれは、転職や挫折という非連続と、新しい出会い・結合から生まれたイノベーションなのだ。吉田氏の前職は、日本の電機業界がグローバルな存在感を失う中、世界市場を勝ち取っていった大手電機メーカーのデザイン部門の責任者だ。そこでの経験や知識も十分に活かされているが、単なる延長線上にはなかったものだ。こうして、今まで市場になかった商品が世の中に登場し、オフィス風景を変えている。

イノベーションは、世界が脱炭素社会に向かう現在、最も必要とされているものだろう。ただし、今必要なイノベーションは、「技術革新」ではない。令和元年4月に公表された「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会 提言」*5の中で、「イノベーション」は、「第5章:分野横断的な対策・施策」で取り上げられているが、次のような脚注によってその解釈を明確化している。「イノベーションは、しばらく前の日本の訳語である『技術革新』を意味しない。むしろ、1912年でのシュンペーターの歴史的提案である『新結合』、すなわち、これまで行われなかった要素と別の要素の新しい組み合わせ、例えば、新しい技術と別の技術の結合、新しい発想と別の発想の結合、などを実現することによって実現される価値の創造、と考えるべきである」

この提言を受けて6月11日に閣議決定した「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」*6の中でも、「第3章:重点的に取り組む横断的施策」の「第1節:イノベーションの推進」の冒頭で、「気候変動という地球規模の課題に立ち向かい、脱炭素社会という究極のあるべき姿を実現するためには、従来の延長線上ではない、非連続的なイノベーションを起こさなければならない。脱炭素社会を実現していく上では、『イノベーション=技術革新』という単一的な見方を是正し、最先端の技術を創出するイノベーションと合わせて、今ある優れた技術の普及も含め、技術の社会実装に向けた『実用化・普及のためのイノベーション』の推進が不可欠である」と述べている。パリ協定はいよいよ2020年から実行に移り、各国は5年ごとに温室効果ガス(GHG)排出量の削減目標に対する進捗を報告する。現状の延長線上で「さらに努力する」範囲で達成できる数字では、世界が目指す2℃、理想的には1.5℃という気候変動問題の解決にはとても及ばないため、TCFDの提言のようなシナリオ分析をすると、2050年までの後半に目標達成の多くが偏るという急カーブが発生することが予想される。つまり、これから誕生する新しいイノベーションにかなりの部分で頼るということだ。

森に囲まれ、木々と共に暮らしてきたはずの日本で、樹木の育つ年月と木材利用とのバランスを、長期的持続的に考えることができなかったのには事情があった。しかしこれからは優先すべきことを変えなければならないし、その前提で新しいライフスタイルや企業活動へと移行していかなければならない。エネルギーや運輸といった脱炭素のキーとなるイノベーションの担い手である大企業だけでなく、全てのビジネス、地域、個人の生活に至るあらゆる場面で、イノベーションが生まれる、そのための新しい発想を常に求めていきたい。

細田木材工業の信条の一つに「我々は天の恵みである木材を社会の役に立てる使徒であることを自覚し、その使命を誇りとする」としている。「天の恵みである木材」とは、水源の川を守る森林と周囲の里の持続性、森林を健全に育成していける自立する林業の活性化、森林そのものの持つ様々な効用の普及など、様々なエコシステムの上に成り立っている「恵み」なのだと思う。
同社だけでなく、多くの地場企業やコミュニティーで森林に関わる新たな取り組みが生まれている。一つ一つが小さな点であっても、面として広がりゆくことが希望の行き先であってほしい。

参考資料
*1 平成25年度森林・林業白書、林政年表
http://www.rinya.maff.go.jp/j/kouhou/nenpyou.html
*2 東京急行電鉄 https://www.tokyu.co.jp/file/161125-4.pdf
*3 細田木材工業 https://www.woody-art-hosoda.co.jp/
*4 「日本の杉を使う〜(1)私たちのオフィスと持続可能な木材利用 」参照https://www.grid-f.com/blog/item/1760-1.html
*5 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略策定に向けた懇談会 提言」 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/parikyoutei/siryou1.pdf
*6 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」
https://www.env.go.jp/press/111781.pdf