シリーズ② (46)

「ああ、そうだ。今が肝心なんだな」と心構えを新たにする言葉(六然訓)


①「普段は平然、事が起きると勇気ある決断と大胆な行動をして事態を切り開く(有事斬然)」
 Keep yourself very calm and still, but as something happens to you, you can make brave decision and drastic management with it.


②「何ごともないときは、平らで澄みわたった水のような心で過ごす(無事澄然)」
 As nothing happens to you, you keep yourself very clear and still such as clean water in the nature.

 

個人のケイパビリティとマインドを高めることは重要。しかし、個人の力には限界がある。つまり、個人は完ぺきな存在ではないが、幸いなことに人には個性があり、それぞれの人が強い部分と弱い部分を補うという、相互補完が可能である。その調整を行うのが組織の役割だ。組織は、個人のケイパビリティとマインドを向上させて活性化を図るとともに、個人の力を組織として組み合わせ、全体として大きな力を発揮できるように調和を図る。それには組織の力が必要になる。組織の力とは、企業としての明確な信念を持ち、進むべき方向を個人に示したうえで考えを共有し、個人が持てる力を十分に発揮できるようにサポートする力のことである。

ベンチャーキャピタルの仕事っていつも楽しそうで、前向きだよね」。世界を変えることを夢見ている起業家を応援することは確かに楽しく、新しい刺激にあふれる毎日だ。周囲の人にもそう映っていることだろう。その一方で、実際の現場では嫌な仕事も多い。正直いうと、胃に穴があきそうな思いをしている時間の方が長い。今回はそんな、ベンチャーキャピタルにとっての「つらい仕事」というテーマを取り上げたい。

http://www.nikkei.com/article/DGXBZO51066920Y3A120C1000000/(日経電子版)

Monday, 14 January 2013 17:11

no41:人生リセット

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人間の時間は漂流するものではなく、自力で航行すべきものである。若者とシニアの時間は異なる。シニアの70歳の10年は、20歳の60年に相当する。それも加齢と共に持ち時間の倍率は開いていく。つまり凝縮していく。湯水のごとく時間を浪費した若き日のように、シニアの時間は無駄にするわけにはいかない。だが,シニアは時間にルーズ。日向ぼっこ、つけっぱなしのテレビ、何もせず、時間を流しているような使い方が多い。なにもせず、一定の時間を漂流している。それぞれの人生の勝手であるが、時間の漂流は生きているとはいい難い。ただ,そこにいるだけであり、存在主張もない。主張する自分を失っている。肉体は心を入れる器であるが、器だけが存在して、心が機能を停止している。

39歳の時にNTTの研究員から米国のMITに転身し、「タンジブル・ビット」の研究によってコンピューターのインターフェース・デザインに多大な影響を与えた石井裕さん。グローバル化が進むこれからの時代に生き残るための働き方を、日本の若いビジネスパーソンに向けて語ってもらった。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK0700O_X00C13A1000000/?dg=1(日経電子版)

Tuesday, 01 January 2013 18:54

no40:人類最大の発明

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人類最大の発明は、ごくささやかな発明だった。それは、ロウソクの火芯である。よじった布片の先に炎を移して分離してから、毛管現象を利用して、溜めておいた蝋や油を常に供給する。約千年前にいったい誰が最初にそのことに気づいたのかはわからない。火芯は驚くほど陳腐化しない発明だった。それが、19世紀になって火芯のないガス灯にとってかわられた。そして、現在に至る電球は、金属フィラメントを介して電気を燃料に供給する発明だった。ご存知のエジソンの白熱電球だ。この発明によりロウソク、ガス灯に代わって、電球が家庭の必需品となる。電球は清潔で安全、しかも効率的、世界中の家庭やオフィスで歓迎された。炎は不思議な魅力を持っていた。人にとっての生き方を知らず知らずのうちに微妙に変化させたロウソクやランプは、常に家庭の中心を占めていた。炎は「家庭の魂」だった。家族は夜になると炎に引き寄せられるようにして家の中心である部屋に集まり、その日の出来事など話しながら時を過ごした。電灯は、家庭の中心をなす暖かさを得たが、長年にわたる伝統であった「家庭の魂」を解体した。家族は夜になっても、ひとりで勉強したり、読書したり、働いたりしながら、それぞれ別々の部屋で過ごすようになった。各人は一層のプライバシーと自立性を獲得したが、家族の絆は弱まってしまった。冷たく安定している電灯は、炎が持つ魅力を欠いていた。人の心を和ませることもなく、魅力的でもないが、厳密で機能的だった。電球は照明を産業のコモディティに変えた。1944年、あるドイツの日記作家は、毎夜空襲の間、電灯の代わりにロウソクを使用したとき驚いた。「ロウソクのよわよわしい光の中では、周囲の物が全く異なって映る、より際立った輪郭を見せることに私たちは気づいた。ロウソクの炎は、物に現実味を与える」さらに、「電灯で炎よりはっきり見えるようだが、現実味という点では、鈍化してしまう。電灯は明るすぎるので、物はその本体や輪郭や質感を失う、一言でいえば本質を失ってしまうのだ」。進歩はその痕跡を覆い隠し絶え間なく新たな幻想を生み出す。われわれがここにいるのは、われわれの運命なのだという幻想を。(「クラウドの衝撃」より)

 

Thursday, 01 November 2012 00:54

no39:未来は予測できない(下)

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ネット革命は「企業と消費者の相互浸透」。いま、ネット上でプロデューサ(作る側)とコンシューマ(使う側)が一緒になって商品を作る商品開発が急速に広がっている。消費者が「企業にこうした商品を作ってほしい」と積極的に要求。そしてその段階では、諸費者同士が自発的に集まり自分たちのほしい商品を企業に委託して作らせるということが起こる。それはネット革命により情報交換が容易になったため起こった消費者の意識の進化です。多くの経営者はネット革命や情報通信革命を効率化やコスト削減だと思っている。しかし本質は「情報通信の革命」ではなく「情報主権の革命」だ。革命は権力の移行を意味する。

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